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Vol.3 2005.8.12 - 2005.8.28

小枝をもった少年−ある肖像/ある風景としての継続的プロジェクト
原田真千子
(キュレーター、秋吉台国際芸術村)

中野良寿作品小枝の先に輪ゴムをくるくるっと巻き付けた“スティック”は、10年前から中野の作品に繰り返し現れてくるモチーフである。
私が初めてその“スティック”を目にしたのは、95年中野がスコットランドから帰国した直後、東京芸術大学美術研究科の新任助手展「Sticks」だった。最終日に覗いた会場で、中野は一人角椅子に腰掛け、枝を削り、輪ゴムを巻き付け、“スティック”を作っては会場に投げ、また作るという行為を繰り返していた。壁面にはフレームに入ったテキストと、何か英語の文字が書かれた“スティック”が3本。そこには中野がファシリテーターとして、スコットランドのテンプルヒル・コミュニティーにいた時に出会った少年のこと、その少年が日常的に持っていた“スティック”のこと、彼が繰り返しその“スティック”を作っては持ち替えていたこと、等が書かれていたように記憶している。床に転がる無数の“スティック”の間を踏まないように観てまわると、初日には、壁面のテキストと“スティック”、一脚の角椅子と一山に盛られた木の枝の他は何も無い空間であったこと、中野が黙々と続ける「作業」によって、その空間は刻々と変化し続けてきたこと、等が徐々に判ってきた。

この作品で中野は、少年と過ごした時間と経験、帰国後の不在感を埋めるために、追体験として少年の行動を引き継ぎ観客の前に現れた。言葉として語り得ない自身でさえも未消化の時間を、少しでも伝え共有しようとするかのように。以後、この“少年”と“スティック”は、継続的なプロジェクトとして展開・発展していく。翌96年、「桐生再演 3」にて大雄幼稚園正門前を会場として発表した作品「a boy with sticks」では、観客に対し、山と積まれた木の枝のなかから一枝を手に取り、各々“スティック”を作るように促すインストラクションを添えている。同年「アート・フェスティバル in 鶴来」の際には、街なかの空き地にテントを張り、そこに1か月間滞在しながらプロジェクトを行った。周辺の家庭から植木鉢やバスケットなどの器を借り、その中に“スティック”を一本ずつ入れ置く。訪れた観客は、やはりここでも山積みの枝のなかから“スティック”を作るのだが、さらにここでは、容器の中に既に入っている“スティック”のいずれかと、自分の作った“スティック”とを交換するように促された。

これら2つの同名の作品において、特記すべきは、作品のなかに観客の参加を取り込む試みをしているという点である。中野は、大人に限らず自分以外の人がどのような反応をするか、その“少年”の習慣的行為をなぞることで描き起こした彼の肖像を、他者にもなぞってもらうことで客観的に観ようと考えたからだ。

大雄幼稚園では展覧会を訪れる観客へのインストラクションのほか、園児達へのワークショップを行っている。鶴来においても、近所の幼稚園に出向いて同様にワークショップを行った。さらに会場の空き地は、1週間もすると近所の子ども達の格好の遊び場となり、彼等の手にかかった木の枝と輪ゴムは、“スティック”に留まらず様々なオブジェやアイテムへと形を変えていった。中野の手から解き放たれたその少年(the boy)は、次第に比喩的な存在となり、ある少年(a boy)として生まれ変わった。少しずつ主体のずれていく新しい物語が生まれ、新しい風景が広がってくる。

中野良寿作品いつしかその少年がいた場所は、別のなにものかによって埋められ、少しずつ薄れていく記憶と、新しく重なりゆく時間の奥底に紛れていったのだろう。しばらく、中野は少年と小枝から離れていた。しかし、その少年がいた光景は時折フラッシュバックとなって中野の前に現れる。日常の決まり事を破り、物語を掻き回すトリックスターのごとき象徴的な存在。また、森と都市空間、イマジネーションと理性や現実を結ぶ緩衝とも言える、その少年とともに。昨秋、中野の実家を襲った台風の爪痕を、目の当りにした瞬間、それは再び色鮮やかに蘇ることとなった。「Sticks-under the window-」は、謂わば少年と台風によって掻き回された二重の心象風景であろう。

「小枝をもった少年」は、展覧会やワークショップの機会を通して、アーティストによって伝えられる一つの肖像であり、それを受けて観る者が新たに創り出す風景である。そしてそれは、恐らく終わることの無いストーリーとして、<ひと>と<もの>の間に<こと>を生み出しながら、中野によってゆるやかに紡がれてゆくのだ。

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