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「あしたの郊外 –Post Suburbia−」キックオフ・シンポジウム  イベントレポート Vol.3

2014/11/25


 

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2014年10月20日。横浜BankART NYKにて、取手アートプロジェクトと Open Aの新プロジェクト「あしたの郊外」のキックオフ・シンポジウムを開催しました。

さまざまな郊外観が飛び交った、当日の様子をレポートしています。

 

<<<Vol.1「あしたの郊外」のはじまり

<<<Vol.2「郊外を考える人」のプラン・ステイトメント

「あしたの郊外 -Post Suburbia-」キックオフ・シンポジウム

目、栗栖氏、池田氏からのそれぞれの考える「郊外」と、プラン・ステイトメント提示のあと、対話は郊外を考える人たちの間から、会場に広がる。

<森>
池田さんは「アートは手段じゃなくて目的なんだ」とおっしゃった。どちらがいいということではないけれど、栗栖は立場が違いますよね。プロジェクトの中にアートが入ってくる。

<栗栖>
私は種をまく人なんです。プロジェクトを豊かにしていくのはアーティストやデザイナーというクリエイターであり、市民という存在だったりする。影響されて動き出す人たちが主役であると考えています。

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<森>
目のプランは、オペレーションシステムの提案ですよね。

<南川>
自転車はつくります。それとMAPは描く。あとは状況と合わせていくのがおもしろいと思っています。

<荒神>
そこに住んで「今住んでいる家がどうしてこういう形をしているのか」と思ったり、「あそこ住めるかも」と考えたりする。意識を動かしたいプランなんです。私たちが言いたいのはシステムではなくて、まず人がどういう風に思うかという感覚や意識を変えたいというプランです。

<森>
池田さんの「あしたの前に昨日の郊外」というのはどうですか。

<荒神>
池田さんが、今生まれてきて郊外を見たときにそんな悲観的に見えるのだろうか。それは多分、それまで池田さんが歩んできた歴史の中で意識がそう見せていると思うんです。

<森>
意識というよりは、時代が要請したものの結果の話ですよね。

<池田>
時代なのか。暗い話になってしまうのは嫌だけど。歳の差はあるから、見てきてしまったものはあるんですよね。

本当は里山だったところに一気につくって、知らない人たちが知らないところで集まって。よーいドンで、住めって。いつの間にか「郊外は豊かになっていく」みたいな神話ができて。そこに潜む大きな構造的欠陥をわかっているのに言ってはいけない。なんとかなる、みたいなところに浸りすぎたという感覚があるんです。

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<森>
熊倉さんはどうですか。

<熊倉>
郊外ってなんだろうと。日本においては、完全に池田さんがおっしゃったように、我々日本人のプライベートな部分の高度成長がぎゅっと押し込められた象徴的な場所だと思うんですが。

団地も当初はお祭りがあり、コミュニティがあった。暮らし方みたいなことを新しい実験として取り組んでいたわけですよね。それが高度経済成長機の一番盛んなときになると、マイホームという概念になって。核家族化し、どんどん内側に向かっていった。

私もその核家族の申し子として、帰る家がないんです。実家は練馬で、築40年の建売住宅に住んでいるのですが、私はそこで暮らす気はないので。知り合いもいない田舎では暮らせないし、経済的に都心にも住めない。郊外に行かざるを得ないんです。恐ろしい老後だと思って。ぜひ私の幸せな老後のためにも、みなさまのお知恵を。

<馬場>
他にも22箇所のモデルが、国土交通省に採択されています。こんなふざけたのは、ここだけです。

<森>
国土交通省の考えているスクエアな発想の、正しいリノベーションをした鉤括弧な快適さに当てはめると、ということでしょう。「神話をもう1度」という世界だと思うのだけれど。「それは神話でしょう」っていうことを表に出してやってみようっていうのが、取手アートプロジェクトをやってきたメンバーが引き受けているんだと思います。

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フロアからもご意見をいただきたいですね。

<客席>
栃木から来ました。東京の郊外って人もたくさんあるしビルもある。住めば都だと思っていたのですが、そこでさえ考えなくてはいけない状況がある。その向こうの栃木はどうなるのかなって。もうちょっと住むことを前向きにとらえている方法を考えていけるのではないかと、聞いていて感じました。

<森>
例えば徳島県の神山なんて、東京からは飛行機で行ってさらに車で1時間。けれどサテライトオフィスができたりして、住みやすい場所として認知されている。都心部から離れていくとそういう場所はたくさんあるんですよね。郊外よりも遠いところのポテンシャルが高くなっている。

<馬場>
地方都市だとある種選択肢が限られてくるので、そこに向かって追求していけると思うんです。美しい自然があり、コミュニティがあり、人口が減っていく中で幸せにすごす。一方都心はたくさんのものが集中していて、便利で。けれどものすごくコストパフォーマンスが悪いのを受け入れながら、そのスピード感をたのしむ感覚でいられる。

郊外という帯域は、特別ドラマティックなわけではない。コミュニティが強くあるわけでもない。もしかすると政策において人工的につくられてしまったかもしれない。

けれど栗栖さんや目の世代から見ると、生まれた時からすでにあるんだから、それをたのしむしかないよね、と開きなおるしかない。当たり前ですよね。責任はないと思うから。そうなったときの郊外に対するスタンスの取り方ってなんだろう。それが僕と取手アートプロジェクトが考えなくてはいけない課題ですね。

今のこの議論も解離と難しさ自体がおもしろいんですよ。多様な答えが出てきそうな予感がして、すごくたのしい。郊外というのは明るくも、暗くも見えるようになっている。そこ自体を掘りさげていくのが、このプロジェクトかな、と改めて考えなおしました。

その後も会場からは、郊外にある市役所に努める職員、省庁経験者をはじめ、建築家、主婦などさまざまな立ち位置からの意見が交わされた。話題も福祉や死に関わる問題、専業主婦向けのプラン構想まで幅広い領域に及んだ。

最後に質問としてマイクを握ったのは、東京都内から参加した学生だった。

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<会場>
「あしたの郊外」というのはとてもわくわくするプロジェクト名なのですが、郊外といってもいろいろ定義があると思っていて。地理的条件なのか、もっと別の定義があるのか、このプロジェクトで射程に捉えているのは、どのあたりなのか聞いてみたいです。

<熊倉>
今日お話をきいただけでもさまざまな方が、さまざまな場所を「郊外」と捉えていることが明確になったと思います。このように、さまざまな考察を出し合っていくようになるのがこの「あしたの郊外」というプロジェクトの特徴です。

1つのモデルとして茨城県取手市という場所を考えてみたらどうかと。団地、一軒家、文化住宅、建売住宅など、たくさんの住まいがあり、空き家になっています。ここで具体的なプランを出すもよし、どこの郊外でも使えるようなプランを出すもよし。そこからさまざまな郊外像が見えてくるので、当面は定義せずともかまわないと思っています。

この後、取手アートプロジェクト事務局長羽原より、公募に関する説明が行われた。
公募は「あしたの郊外」ウェブサイトにて受付、基本的にすべてのプランが公開される。公開されたプランに対して、郊外を考える人、またウェブサイトを見た方からの意見がウェブサイト上で交わされていく。

プランが実現されるのは、そのウェブサイトをみて「自分の家にプランをインストールしたい」という住み手、もしくはオーナーが現れたら。いかに話題にあがるかが、実現に至るためのポイントかもしれない。
また取手にある物件を紹介しているウェブメディア「取手アート不動産」には、プロジェクト事務局がピックアップしたプランが紹介されていくことになる。会場では物件を動画で紹介する「YU SATOのFUDO-SANPO」も紹介された。

<熊倉>
長年アートプロジェクトやっている街だからかわからないけれども、思ったより大家さんも好意的です。たとえば襖絵を描く、でもいいです。建築家の方はライトなリノベーションをかけてきれいな家にする、というプランをいただいてもけっこうです。あるいはアーティストでも建築家でもデザイナーでもないっていう人は、ああいう広い家だったら、こういうコミュニティプロジェクトの場にしたらいいんじゃないか、というプランをなるべく具体的にいただければと思います。

たとえば住む人がいなくても「物件のオーナーさんが改装したい、家全体をアーティストの作品にしてしまいたい、すべて買う」と言ってくだされば、住み手が決まっていなくても、事実上住めなくても可能です。わかりにくいプロジェクトですが、一緒に考えていっていただければ幸いです。

<森>
住まう、改修する、オーナーがリスクマネーを使う、補助金も入る。社会のなにをいじるのか、示唆に富んだプロジェクトだと思います。

拝借景のようにリアルにプロジェクトをしているチームからもプレゼンをいただき、目と栗栖と、ある種「豊かな」というキーワードでくくれることになるかもしれませんが、郊外で実現できる豊かさを発見するというプレゼンをいただけたかと思います。

今日1日で終わる話ではなくて、これはスタートに立ったばかりのプロジェクトです。今、東北の方では新たにこのことが再生産されていく現場もあります。今後多くの人たちが、我がこととして考えなくてはいけないテーマだろうと思います。ぜひご参加いただいて、このプロジェクトが具体化し、なんらかの可能性を、「あしたの郊外」というものに1つのメッセージが出せるものになればと思っています。

シンポジウム本編終了後、BankARTパブスペースでの懇親会では、引き続きさまざな郊外観が飛び交った。

今後、どのようなプランが発表され、実現されていくのか。取手を舞台として郊外に対峙しながら、そこから「あしたの郊外」が見出だすことを目指す、プロジェクトがいよいよスタートした。

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<<<Vol.1「あしたの郊外」のはじまり

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撮影:西野正将

「あしたの郊外」公募スタート

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「あしたの郊外」をつくる、プランを募集しています。

美術、建築から身体表現、コミュニティデザインほか、提案のジャンルは問いません。
さまざまな角度からあしたの郊外の可能性を模索する、参加者・共創者を募ります。

公募受付期間:2014年10月20日(月)〜2015年1月31日(土)
応募するタイミングが早いほど「郊外を考える人」をはじめとする方々から、コメントが寄せられる確立が高くなります。
詳しくは「あしたの郊外」ウェブサイトからご確認ください。

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