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定点観測 #4 うしお汁と栗ごはん、ルーローハン:うきうきと慈しむ人たちを目撃するときに

終了しました 2023/03/26


TAP事務局長(兼藝大食堂で時々番頭、兼ヤギの目メンバー)の不定期エッセイ第4回です。

定点観測 2022.12

 

アートプロジェクトで出会う、慈しむのが得意な人たちのこと

 

 また随分と間が空いてしまいました。もう終わってしまったんじゃないかしら、くらいの不定期連載の「定点観測」です。定点にいることはいるのだけれど、場所変わらずとも怒涛の日々を泳ぐのに精一杯でした。そんな日々の中で、実は今回の表題のテーマ、ああ、書くならいまだ、と思ったタイミングが少なくとも五回以上あった。
 今日がいよいよその幾度めかだったもので、今度こそ、と気合を入れて筆をとることにした、そのスイッチは「鯛のうしお汁」です。今のTAPの事務所は東京藝大取手校地にある藝大食堂の2Fにあり、基本は食堂にいるので、書きたいスイッチは食から発生することが多い。今日はこの10月から3企画続いた「みのりランチ便り」のコラボメニューの日でした。
 コロナのあと、思い出のおかずとともに、近くて遠い藝大生を紹介する紙媒体として発行されてきた「みのりランチ月報」。今年度に入って、徐々にコロナとの付き合い方もわかったので、紙だけではなく、リアルでもその人とその表現に触れられるように、ということで、藝大食堂での展示と、コラボメニューの提供が試みられることになった。そして今回紹介されたのは愛媛県出身の和氣光凛さんで、その思い出のおかずは「鯛のお吸いもの」だった。
 それがこちら。

 みのりランチコラボメニューでは、藝大食堂のごはんづくりを手がけるスーパーチームのみなさんのカスタマイズが入ることが、大事ポイントでありいち押しポイントなのですが、今日のおつゆも、硬い鯛の骨(これも実は都内に住む企画担当が取手市の魚屋さんに電話をかけ回って確保したもの)と戦い、昆布と鯛のだしのみで、丁寧につくられたもの。
 私は写真のために12時のランチ時間開始そうそうにいただいた。そして、そうだ、ここは学食なんだった、とあまりに学食からかけ離れすぎていたが故に、かえってそう思ったのでした。いつも予算ギリギリで、原価計算をしながらなんとかおいしいものをあの手この手で考えて日々の昼ごはんを支えてくれているスタッフのみなさん。食堂のランチで初の「鯛」!(アラだとしても!)今日ここで食べたみなさんにいろいろめでたいことが起こる気さえしてならない食後でした。

 と書き出して、ここまでを振り返り、あと2つ、思い浮かべるのは、表題にもある「栗ごはん」と「ルーローハン」。

 まずは「栗ごはん」。はじまりはもう3年前、コロナの秋でした。
 コロナの直前にキックオフをしたプロジェクトの一つに、「耕すプロジェクト」という文字通り、大地を耕していく活動があります。これは藝大取手校地の野外空間に芸術家と地域の方々が共に手を入れ、風景を変えて開いていき、学生も地域のかたも先生も、さまざまな人びとが学び遊び、時間を共にする場を体と知恵を動かし合わせながらつくっていく、というプロジェクトなのですが、この初期耕すプロジェクトのメンバーのひとりに、阿部さんというお父さんがいました。
 阿部さんは環境整備の過程で見つけた展示の廃材やゴミを集めて、これでいいのか藝大生、それをレガシーにしてはならない、とはっきりと伝えてくれたり、竹を割って凧の骨やヤギの柵を作る方法なども伝授してくれたりと、森林に入る作法を知っている人で、そして芸術に携わる人たちを心から応援してくれていた。そんな阿部さんは、環境整備の活動の中で、取手校地の中に立派な栗の木が生えているのを見つけ、栗を拾い、自分の地元の戸頭の人たちと大量に皮を剥いて、栗ごはんにしたらいい!と届けてくれたのだ。かくして食堂の秋の味覚の名物の栗ごはん、がスタートすることになった。2年目は、虫食いと戦うために、栗の木の周りの環境を良くしてくれるところからはじまり、さらに多くの栗を拾って、食堂で栗ごはんの提供が実現した。
 そういえば阿部さんには、痛くない栗の拾い方を習った。足で栗のいがを開くように踏んで実だけ取る。その作業を一緒にやったとき、栗を拾った後の阿部さんのしまい方が、本当に美しくて、その先に続く作業のことが踏まえられていて、印象的だったことを思い出します。
 3年目、栗の季節に阿部さんはいなかった。もっと野山との関わり方を阿部さんから教わりたかったけれど、もう叶わない。でも、3年目にもわたしたちが栗ごはんを食べられたのは、食堂のスタッフと、耕す活動をともにしている地域のお母さんが、労力惜しまず栗を準備してくれたからだった。取手校地の栗ごはんを食べるたびに、こうやってはじまりからを思い出すんだろうなと思う。

 もう一つのエピソード、「ルーローハン」のキーパーソンは、藝大で学ぶ若い芸術家と、その大家さんである初子さんの話。それは私が語るより、当人であるちぇんしげさんのインスタグラムを紹介しようと思います(初飯Instagram)。この初子さんのレシピをもとに、藝大食堂のスーパーチームがアレンジメニューを考え、初子さん・ちぇんしげ・藝大食堂コラボごはんが実現し、「愛の横流し」として提供されました。初子さんが愛情込めてつくったごはんを、藝大食堂の厨房スタッフのみなさんが今度はここを利用する方々に向けて工夫して届ける、という一連のごはんのバトンリレーはメニューだけでなく、その土台にあるいろいろな個人の心の赴き具合が反映されていた。これももちろん大変おいしくいただきました。

 

 今回は食べることばかりにフォーカスしてしまいましたが、こんな風に、かけ値なしの手間、呼んでよければ見返りを求めない愛情、芸術家をはじめとした若い世代を前のめりに慈しむ人たちが近い場所にたくさんいます。その人たちの魅力とほとばしるエネルギーに、アートプロジェクトをやるようになってからよく出会います。そして、その楽しみながら注がれる応援や愛情やといったポジティブなものに、圧倒される瞬間がこういった活動の面白さでもあるなぁと思うのでした。

 多分私自身は、慈しまれる側と慈しむ側をいったり来たりしつつ、そろそろ愛を配る方にも恥ずかしくなく回れるようになってきました。そしていろんな人が、今自分が生きている世界を慈しむ方法を見つけていく場をこそつくるために奔走するというのが、その配る方法でもあるだろうと念じて、この場に関わるみなさんと、また日々をのびのび精いっぱい泳ごうと思います。

 あっという間に年の瀬を迎えると、食堂も今年度の営業を終える。若い芸術家たちが巣立って、また春がやってくる。そんな日々での定点観測として書き残します。

 

text: 羽原康恵(特定非営利活動法人 取手アートプロジェクトオフィス 事務局長)
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栗ごはんの写真:中川陽介

2023/5/26更新

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