TAPの現在地 - 藝大アーツプロジェクト実習:多様をほぐすストレッチ, ベースプログラム - 人材育成プログラム
終了しました 2025/02/10
昨年度からスタートした、藝大アーツプロジェクト実習 取手コースの「多様をほぐすストレッチ」は、近年多くのシーンで触れられることが増えた「多様」に含まれるものがなんなのか、私たちに見えているもの・見えていないものをほどき、ゆっくり向き合い、対話して考える公開型研究会です。
研究会では「多様」という言葉の重なりの中で凝り固まった体と頭を伸ばして、
この言葉の内と、未だ外にあるものに、ひとつひとつ出会う時間を持ちたいと思います。
2024年第3回は、#7「それは特別あつかい?」。
一般社団法人精神障害当事者会ポルケ 代表理事山田悠平さんをゲストにお迎えし、「障害」と「合理的配慮」について考えていきました。
精神障害のある方は、2002年から2020年までの間で2,584,000人から6,148,000人と増加傾向にあるそうです。
労働環境の悪化や生活不安などのストレスの増加、また平均寿命が長くなったことによるアルツハイマー病の発症増加などが影響しているとされています。数値から見るとわかるように、精神障害のある方は少なくなく、珍しいことではありません。
そんな「障害」に関して、日本が2014年に批准した障害者権利条約では以下のようなことが書かれています。
こうした条約が締結され、2022年の国連勧告では、日本の精神障害関連の問題として以下のような点が指摘されています。
世界の精神科病床数の1/3が日本にあるそうです。そして、多くの病床では精神障害のある方を病院内に閉じ込めます。地域社会からの、関わるのが怖い・面倒だという声から、入院という形で地域から分離し、治すのではなく閉じ込める機能を果たす病床が多くつくられてしまいました。
入院している人の中では、10年以上入院を余儀なくされている方や、元気な様子でも周りの影響で退院できない方もいらっしゃるそうです。 こうして精神障害の方が”見えない”ところへと分離されることで、精神障害というものが社会のなかで可視化されず、結果、知らない・接することがないことで偏見のみが助長される状況を引き起こしています。
現状を改善していくためには、多様性が価値とされる社会をつくっていく必要があります。
最も多様性のない状態がエクスクルージョン(排除)で、社会から障害のある方が弾かれる状態です。
次に来るのがセグレゲーション(隔離・分離)です。上記に挙げた長期入院の状況はこの段階にあります。
更に進歩すると、インテグレーション(統合)になり、特別な枠組みを、既存の社会の中に生み出します。特別支援学級などがこれにあたります。
そして目指すべき形としてあるのが、インクルージョン(包摂・包容)という状態です。この社会では、障害を含め多様性を価値として認め、それぞれが平等に存在します。
とはいえ、ただ一緒にいましょうというのは実は厳しいこと。そこで、障害を治すべきものとし薬などで克服する個人モデル・医療モデルではなく、社会モデルで障害を考え、社会的障壁(バリアー)を捉え、克服し、それぞれ個人が向き合っている”しんどさ”を環境などの変化を通じて変えていく必要があります。
社会的障壁は大きく4種類に分けられます。
これらを解消していくためにどのような方法があるか、グループに分かれて議論を行いました。 事物の障壁に対して、イヤホンを利用して音声案内を増やすのはどうかという意見や、観念の障壁を減らすため、子どもに対してスポーツを上手く利用して一緒に身体を動かし、協働してもらうのはどうかという意見があがりました。
このように、社会的障壁の解消方法は様々あがりますが、大きく2つの方法に分けられます。環境整備と合理的配慮です。
環境整備はエレベーターの設置など、建物、公共交通、情報、法律など障害の有無を越えてすべての人が利用できるようにすることです。これは、障害のある方だけでなく多くの人のニーズが満たされます。
合理的配慮とは、障害のある方の個々のニーズに応じて、対応や調整を行うことです。障害のある方と他の方との平等を基礎として、人権及び基本的自由を享有、行使することを確保するため、個人に対して適切な調整を行います。
例として、以下のような事例が挙げられます。
以上のような事例ができていくことで、個々の状況に合わせ柔軟に対応していけるようになります。 休憩時間に関しては、イスラム教徒の方など礼拝の時間がある場合もあります。そのように、個人のニーズに合わせ調整をしていくことが、合理的配慮となります。
精神障害に関して、メディアの報道などの影響も強い中で観念の障壁は非常に大きく、病院での隔離や負担の強い治療も多く行われてきました。しかし、治療中心の回復する・ノーマルになるための対処ではなく、より深みのある人間らしくあるための”リカバリー”を中心にしていくべきだと、心理学者のパトリシア・ディーガンは主張したそうです。
障害者権利条約の条文「17条」に、
というものがあります。 障害への向き合い方は権利であり、意思に反した”治療”を施されるべきではないはずです。誰もが人間らしくあることを保証されるべきです。
山田さんは現在、「お話会」という精神障害のある方を対象とした語りの場を開催しています。月に1回開催しており、過去がこびりついてしまっている方もいるため、会場は病院や福祉施設では行わないようにしているそうです。
この語りの場では、自分の考えていることや困っていることを話し合います。
当事者視点からみた合理的配慮の難しさとして、
などが挙がってきます。これらの難しさを解消していくには、地道なキャッチボールが必要不可欠だといいます。
難しさの一つである差別に関して、優生思想という問題があります。
優生思想とは、生産性を考えると障害者はいなくなればいいという思想で、根深く残っている問題です。
2024年の7月には、この優生思想に基づいた旧優生保護法は違憲であるという最高裁判所の判断があり、政府は原告らと面会し直接謝罪をしました。そして、障害を持つ方に対する偏見や差別のない共生社会の実現に向けた対策推進本部を開催しました。
政府だけでなく、地域でも活動が行われています。東京都大田区にて開催されている「おおたユニバーサル駅伝大会」では、違いを知り共に支え合う心地よさを体験することを目標に、その日出会った5人の選手と5人のサポーターで、一期一会のチームによる駅伝を行なっています。
選手として障害のある方も参加が可能で、サポーターには中高生や大学生も参加しており、地域の多様性の出会いの場、体験の場として機能しているそうです。
まとめとして、山田さんはあるドラマの中のセリフを紹介してくださいました。
人に迷惑をかけない、というのは今の社会で一番、疑われていないルールかもしれない。しかし、それが君たち(障害者)を縛っている。だったら、迷惑をかけてもいいじゃないか。もちろん、嫌がらせの迷惑はいかん。しかし、ギリギリの迷惑はかけてもいいじゃないか。かけなければいけないんじゃないか。
君たちは普通の人が守っているルールは、自分たちも守るというかもしれない。しかし、私はそうじゃないと思う。君たちが街へ出て、電車に乗ったり、階段をあがったり、映画館に行ったり、そんなことを自由にできないルールはおかしいんだ。いちいち、うしろめたい気持ちになったりするのはおかしい。私は、むしろ堂々と、胸を張って、迷惑をかける決心をすべきだと思った。
ー山田太一氏「男たちの旅路 車輪の一歩」より
山田さんは、この言葉に共感したと言います。
社会全体の生きやすさを考えてみましょう。例に挙がっていた勤務時間の調整は、障害のある方だけに当てはまる話ではありません。特別な人への特別な支援だけではなく、様々な当たり前を疑うことで、脱構築し、社会を作り直すことが多様をほぐすことへと繋がるのではないでしょうか。
多様をほぐすストレッチについてはこちらから
第5回のレポートはこちらから
第6回のレポートはこちらから
(レポート:TAP事務局スタッフ)